2007年1月24日 (水)

教育再生会議総会

 1月24日(水)、総理官邸にて教育再生会議総会が行われ、下村副長官も出席した。この日は教育再生会議がまとめた1次報告が総理に手渡された。受け取った安倍総理は提言の実現に向けて内閣をあげて取り組んでいくことを約束した。

下村副長官は以前より教育再生会議の分科会に出席し、「思い切って教育制度理想を示してもらいたい。」と発言するなど、教育再生会議の提言をサポートしてきた。今回の1次報告にはゆとり教育の見直し、規範意識の養成、教員免許更新性の導入、教育委員会制度の改革、学校の責任体制の明確化など下村副長官が著書、講演などで提言を行ってきた内容も多く取り入れられている。
 この提言をもとに今後は国会での議論を重ね、学力低下、学級崩壊、いじめ問題の解決に向けた学校改革がいよいよスタートする。

写真:教育再生会議総会に出席した下村副長官

Dscn0475

| | コメント (1) | トラックバック (0)

教育再生会議総会

 1月24日(水)、総理官邸にて教育再生会議総会が行われ、下村副長官も出席した。この日は教育再生会議がまとめた1次報告が総理に手渡された。受け取った安倍総理は提言の実現に向けて内閣をあげて取り組んでいくことを約束した。

 下村副長官は以前より教育再生会議の分科会に出席し、「思い切って教育制度理想を示してもらいたい。」と発言するなど、教育再生会議の提言をサポートしてきた。今回の1次報告にはゆとり教育の見直し、規範意識の養成、教員免許更新性の導入、教育委員会制度の改革、学校の責任体制の明確化など下村副長官が著書、講演などで提言を行ってきた内容も多く取り入れられている。

 この提言をもとに今後は国会での議論を重ね、学力低下、学級崩壊、いじめ問題の解決に向けた学校改革がいよいよスタートする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月15日 (金)

教育基本法改正案衆参両院を賛成多数で可決

  下村博文副長官がライフワークとして取り組んできた教育改革の柱である、改正教育基本法が、12月15日の参院本会議で自民、公明の与党の賛成多数で可決成立し、20日から施行された。教育の憲法とも呼ばれ、今国会の最重要課題である教育基本法の改正は1947年の制定以来初めてである。改正基本法では前文で、公共の精神の尊重を明記し、教育目標に「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養う」との表現で「愛国心の育成」を盛り込んだ。細部については来年の通常国会に学校教育法や教員免許法の改正案を提出し、教育改革を本格化させる。
  また、現行6・3制で行われている9年の義務教育期間を削除し、家庭教育と幼児教育の条文を新たに設けて、国や地方公共団体による環境の整備を義務付けるとともに、政府に対しては新たな「教育振興基本計画」の策定を義務付け、国と地方に財政上の措置を求めた。
 これに伴い「教育再生会議」(座長野依良治理化学研究所理事長)では、教員評価制度や「ゆとり教育の見直し」を検討していく。

写真:教育基本法改正に向けて大詰めを迎えた教育基本法特別委員会に
    て野党の質問に政府代表として答える下村博文副長官


Kyouiku

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月18日 (水)

教育再生会議がスタート

 10月18日、安倍内閣最大の政策課題である教育改革を行うために教育再生会議が発足した。
 17名の有識者と共に下村副長官も内閣の一員として強力にサポートしていく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月11日 (木)

教育基本法に関する特別委員会

 本日、国会で教育基本法に関する特別委員会が発足し、そのメンバーに教育をライフワークとする下村博文代議士が選出された。委員会は今後議論を重ね今期国会での成立を目指す。下村博文代議士の活躍が期待されている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 9日 (火)

板橋区私立幼稚園協会園長会

5月9日(火)板橋区私立幼稚園協会園長会にて、下村博文代議士は、幼児教育の無償化及び本年10月1日より施行される認定こども園等について講演を行った。

教育・子育ての第一義的責任は家庭にあることを基本とした新教育基本法を中心として、国・都・区そして家庭の連携により少子化対策・就労支援としての幼児教育の無償化を含めた抜本的な教育改革の必要性、また幼稚園と保育所が一体化した施設である認定こども園の将来像について講演を行い、その後1時間に亘って区内の幼稚園設置者の方々と熱い議論を交わした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年4月25日 (火)

教育基本法改正案に修正を求む

 予てから与党協議により出された改正案の一部修正を求めていた下村博文代議士は、25日自民党文部科学部会にて改めて与党協議の大島理森座長に修正を求めたが、学習指導要領の見直し等を行うにとどまり当部会、続いて同日開催された総務会にて了承を得た。これを受け28日に閣議決定する見通し。そして、この日午後自民党本部で日本会議及び保守系宗教団体等による教育基本法改正に関する緊急集会が開かれ、「修正がない限り法案に賛同することはできない」と決議し、下村博文代議士が決議文を受け取った

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月19日 (水)

日本教育者セミナー名古屋大会

本日下村博文代議士はメルパルク名古屋にて開催された日本教育者セミナーパネルディスカッションにパネラーとして出席した。およそ80名の近畿、中部地方の塾経営者などが参加したディスカッションに先立つ基調講演では今後の日本の教育や、塾のあるべき姿について語り、続くディスカッションにおいても多くの発言を行った。主な内容として代議士は「日本では諸外国に比べ教育に投資する金額が少ない」ことや「授業は時間の長さよりも質の向上が必要である」、また「資源の少ない日本では人材の育成こそが最も重要」等、幅広く日本の教育に関する提言を行った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月13日 (木)

「教育激変」刊行に寄せて

Photo

Photo_1

教育基本法をこのように改正すれば、
教育は必ず良くなり、子供たちも輝き、
日本もきっと甦る

 「ゆとり教育」ならぬ「ゆるみ教育」で急速に低下する学力水準、14万人を超える不登校児、いじめ・校内暴力など教育の現場は荒廃している。そして残虐な少年犯罪が新聞を賑わすたびに、子供たちの将来はどうなるのか、このままでは日本の明日は危うい――。そのような憂慮を共にする国会議員とともに、五十年先、百年先の日本の姿を想定して現在の教育理念を根本から立て直すべく超党派の国会議員連盟「教育基本法改正促進委員会」を設立したのは、平成16年2月のことであった。

 この国会議員連盟は、最高顧問として自由民主党からは森喜朗前首相に、民主党からは西岡武夫元文相にそれぞれご就任いただき、平成18年2月現在、加盟議員数は380名を数える。

 国会議員の過半数が教育基本法改正を支持している事実を、国民の皆さんには是非知っていただきたい。

 私共国会議員連盟は設立すると直ちに、「日本の教育改革」有識者懇談会(会長、西澤潤一首都大学東京学長。通称「民間教育臨調」)とともに、あるべき教育基本法案の検討に着手し、平成16年6月までに「新教育基本法の大綱」を作成した。

 その後も、本議連の岩屋毅事務局長のもとで「大綱」をベースに議論を重ね、翌平成17年春、京都大学の中西輝政教授に依頼して、美しい日本語による「骨子案」を作成していただいた。

 その「骨子案」が、同年10月28日に開催された本議連の総会において了承されたことを受けて、本格的な法案化作業のため議連内に「起草委員会」を新設し、私がその委員長を拝命した。起草委員会では、本書に登場する国会議員を中心に、「民間教育臨調」と「日本会議」(会長、三好達元最高裁長官)のメンバーや衆議院法制局にも協力を仰ぎながら、計14回に及ぶ討議を行った。

 国会審議の合間を縫って時間を捻出し、ときには討議が白熱して深夜に及んだこともあった。

 しかもそのテーマは、本書をご一読いただければお判りのように、これからの日本の学校教育のあり方のみならず、世界の中の日本の価値、世界に通用する日本人のあり方、宗教的情操と死生観、伝統・文化の継承と地域のお祭りの役割、行政による子育て支援のあり方、教育に対する親の責任、婚姻と家庭、家庭と学校の連携、都市と農村の交流、私学の振興による学校選択肢の拡大、教育に対する学校・地方自治体・国の役割分担――など多岐にわたった。

 徹底した議論を積み重ね、「新教育基本法案」を作成することを通じて、私達は党派を超えて、「教育基本法をこのように改正すれば、教育は必ず良くなり、子供たちも輝き、日本もきっと甦る」という、将来の向かっての一定のビジョンを共有できたのではないかと思う。

 教育基本法改正に関する国会審議も間もなく始まる見通しである。

 もちろん国会で審議される政府案は、自民党と公明党の与党協議において検討されている「教育基本法改正案」がベースとなるであろうが、「本議連の教育基本法改正案ならば、我が国の教育をこのように変えていくことができる」という私達の提案が、国会の教育基本法改正論議を大きく前進させることを心より願ってやまない。

 明日の日本を担う子供たちのために学校、家庭、地域社会、国はいかに変わっていくべきなのか。子供をお持ちの皆さん、教育関係者のみならず、すべての国民の皆さんが、本書を通じて共に考えていただければ幸いである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年4月11日 (火)

教育基本法の今国会開成実現をめざす国民大会

_001_1 与党教育基本法改正に関する検討会は今国会にて与党案を提出する予定で協議を進めている。

その与党案が大詰めに来ている11日、「教育基本法の今国会開成実現をめざす国民大会」が都内で開かれた。

今では超党派380名で組織する教育基本法改正促進委員会が誕生して2年間、国会議員一人一人から意見を集約し議論し続け、昨年には起草委員会(下村博文起草委員長)を立ち上げ半年間14回にわたり勉強会を開き議連としての案をとりまとめた。

この日、起草委員長として壇上に上がった下村博文代議士は、「愛国心の育成」「宗教的情操の涵養」を盛り込み、「不当な支配に服することなく」の条文は削除すべき新教育基本法改正案を発表し、「政府案に議連の案が盛り込まれるよう努力し、もし無理ならこの議連案の国会提出も視野に入れる」と力強く述べた。なお、この議連改正案作成に携わった国会議員15名による著書もこの日より販売されることになった。

以下のファイルは現行の教育基本法と改正案の比較

「shin-kyouikukihonhouan1.pdf」をダウンロード

「shin-kyouikukihonhouan2.pdf」をダウンロード

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月23日 (木)

教育基本法改正促進委員会総会

自民・民主・国民新党・新党日本・無所属合わせて378名で組織する、教育基本法改正促進委員会総会が3月23日開催された。昨年10月の総会にて了承された条文骨子に基づき起草委員(委員長 下村博文)が結成され、計14回に及ぶ委員会を開催し補則含めた20条にまとめ上げた。そしてこの日、下村博文代議士は起草委員会委員長として総会に新教育基本法案を発表し無事了承を得た。

新教育基本法案全文「shin-kyouikukihonhou.doc」をダウンロード

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004年5月14日 (金)

- 日本のアイデンティティと英国の軌跡 -後編- -

 さて、日本の教育は英国と比べてどうでしょうか。現在、日本の子供達が学ぶ歴史教科書とその親達(私を含む)が学んできた歴史教科書は大きく異なっています。
 具体的な内容は以前、この日記上で伊藤博文と安重根の描かれ方などを例えに出してお伝えしましたが、他にも、豊臣秀吉の2度にわたる朝鮮出兵において、李舜臣や朝鮮側に投降して鉄砲技術を伝達し、秀吉軍と戦ったとされる「沙也可(さやか)」という謎の日本人が大きく取上げられるなどしています。
 また、太平洋戦争において日本はシンガポール(当時はイギリス領)を占領します。日本の歴史教科書には、占領によって「無実の罪で殺された者は多く、数えきれないほどだった」として、現在、シンガポールの中心地に高さ68mの塔が建てられていると写真付きの記述で紹介されています。しかし、先日、シンガポールの大使館関係者に会う機会があり、私はシンガポール国民のこの塔における率直な意識を伺いました。しかし、大使館の方々は一様に驚いた表情で「現在のシンガポールは超高層ビルが林立しており、塔の場所や存在すら知りません」とのことです。
 私は侵略戦争を美化する考えは全くありません。しかし、日本の歴史教科書には、この時代の日本が日中戦争を含め、いかに悪い事をしてきたかのみが終始強調されています。極めつけは「軍都から平和都市へ」という見出しで広島の事が紹介されていますが、その内容を読むと『「軍都・廣嶋」は原子爆弾が投下されても仕方がなかった(必然であった)が、その後は「平和都市・ヒロシマ」になって良かった』と受け止めざるを得ない構成でまとめられています。これを現在も被爆の影響で苦しむ方々が読んだとしたらどの様な感想を懐かれるでしょうか。
 イギリスにおいては、1988年以前の教育が自虐的な教育と言えます。そして、日本は今もってこの偏向した教育を続けています。この結果による日本の若者の意識がどういったものかについては改めて説明する必要はないと思います。
 そもそも、今日まで(戦後)の日本とはどういった方向を歩んできたのでしょうか。これは「進歩という名の破壊」と一言で言えると思います。瓦礫の中から60年で高度な経済や科学技術を持ち、繁栄や発展を築いたというのは世界にとって驚異であり、誇りであると思います。しかし、そういった形としての日本は素晴しいかもしれませんが、フランス革命の三大理念であり、近代国家における最も理想的なものとしての「自由・平等・博愛」を日本に照らし合わせてみると、

 ① 自由 → 「規範なき自由」欲望の解放を善と考える風潮と重なって、何をして
          も許される放縦に成り下がっている
 ② 平等 → 「結果の平等」結果の平等を重視した社会では、人並みの努力を怠り、
          対価だけを同等に求め、無責任の普遍化になる
 ③ 博愛 → 「利己心だけの状態」他人への関心が弱まり、仲間以外の他人へ関心を
          持つ事は不可能である

 この様な国になってしまった日本の問題点はどこにあるのでしょうか。1つは自己決定能力の喪失と、繁栄するがゆえに生じる人間性の悪。私を含め、多くの日本人の好む「和を以って貴しとする」という精神は性善説の領域に属しています。しかし、キリスト教文化圏では、人間は「放置すると悪い事を行なうので道徳や教育が必要である」性悪説に属すると捉えています。日本人の持つ「本来、この世には悪い人などいない」という過度の期待や感覚が今の日本の現状を作り出していると思います。
 もう1つの問題点として、戦前の日本のように軍国なら軍国へと一気に向かい、戦後は安楽なら安楽へと一気に向かってしまう情緒的な全体主義の傾向が上げられます。日本人の多くが学校の教科書で「憲法の平和主義のおかげで我々は戦争の心配のない生活を送れるのです」と学び、これを信じています。これに対し、ある学者が「憲法で平和が守れるというのであれば、憲法に台風の日本上陸を禁ずと憲法に書けば被害を受けずにすむ」と述べていますが、日本の国民にはから国を守る気概は希薄しています。
 私たちの生活の最も基盤となるものを守ろうとしない事は道徳心の低下につながり、国家という意識を喪失しています。国家エゴイズムが個人エゴイズムを圧倒したのが戦前だとすれば、個人エゴイズムが国家エゴイズムを圧倒したのが戦後であると言えます。この結果、国民は国家を犠牲にしてまでも、自らの利益を追い求めるのが常態となっています。
 日本の政治家にも大きな責任があると思います。イギリスは既に現代史に刻む事ができるほどの大改革によって変わりました。日本が変われないはずがありません。自然が豊かで、優れた文化や芸術を持ち、たしなみを持つ人々を守り、迷える国に方向を示さなければなりません。私は歴史に名前が残るような仕事をこの数年のうちに行なっていきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004年5月13日 (木)

- 日本のアイデンティティと英国の軌跡 -前編- -

 先日、池袋のメトロポリタンにて博文会総会・講演会が盛大に催され、500人を超える後援者の方々に集まっていただきました。
 講演会では、改めて私自身が何故国会議員に立候補したのか、国会議員として何をしようと思っているのかをお話させていただきました。また、これまで講演のテーマを「日本のアイデンティティ」として、お話させていただく機会がありましたが、今回はイギリスにおける教育改革を基に説明して行きたいと思います。

 イギリスという国は、地理や政体において日本と似通っていると思われる部分が多々あるように思います。教育に関しても、第二次世界大戦中の1944年に労働党政府主導で、戦後を見越した教育に関する基本的な「教育法」が制定されました。これは、教育の機会均等化を進めるとともに、帝国主義や他国家、他民族に対する偏見を取り除き、多文化の理解を深める目的としたもので、

  ① 児童の権利を尊重する人権教育の推進
  ② イギリス帝国主義批判の歴史教育の推進
  ③ 教師の自主性を尊重する教育行政の確立

が行われていました。しかしながら、この法律は制限なき自由や偏向した教育を助長させ、学校教育の現場において混乱を招き、その結果「イギリス病」の原因にもつながります。イギリス病とは、イギリス経済の長期停滞状況によって国民が希望を見出せず、労働意欲や向上心も無い状態に陥り、それが更に経済や社会全体の活力を奪ってしまい悪循環を起こしてしまう現象です。
 これに対して、サッチャー政権(保守党)は、1988年に改革の一環として「教育改革法」を制定します。

  ① 国が何を教えるかを決定
  ② 国定カリキュラムの導入
  ③ 全国共通試験の実施(7歳、11歳、14歳、16歳の4回)
  ④ 「キリスト教」教育を必修とする

 この改正法は、学校教育に対する国家の責任と権限の明確化をテーマにしており、小・中学生(11歳から14歳)に対する歴史教科書の描かれ方も変わります。
 例えば、それまで(1944年教育法)は、植民地支配に対して、自国を醜く貪欲な象徴として太った豚に例え、アジアやアフリカを次々に搾取することで財を成すという「イギリスの繁栄は植民地の多くの人々の犠牲の上に成り立っていた」と描かれています。これが1988年の教育改革法によって、植民地支配はイギリスだけでなく、他のヨーロッパ諸国も行ったということが客観的に描かれ、その中で「イギリスはあらゆる植民地に対して鉄道を敷設する」など、一定の良い結果がもたらされた部分もあることに触れています。
 奴隷貿易に対しても、自国によって鉄球につながれ逃げられない黒人奴隷の悲痛な運命を描き、鉄道建設に強制労働を課せられた奴隷は、あくまで「白人資本家達がビジネスを展開する為だけに作られた」と強調していました。しかし、改革後においては、植民地支配の問題と同様に、イギリスを含めた列強諸国も同様に奴隷貿易を行った「世界史の悲劇」として描き、アフリカにおいて奴隷とされた人々は、そのアフリカにおいても土候の圧政に苦しめられ、残虐な統治下にあったという実態も描かれています。また、リンカーンが「奴隷解放宣言」を出した1863年よりも早い1807年の段階で既にイギリスは奴隷貿易を廃止しており、奴隷解放の旗振り役であったことを述べています。
 この教育改革の流れを受けた1997年には、労働党のブレア政権下で「子育て命令法」が制定されます。この法は、子供を非行や犯罪から守るのは国家でも、社会でも、学校でもなく、まず何より親であるという家族観に立脚しています。

  ① 罪を犯した少年少女の保護者に対し、通学下校時の同行、夜間の自宅監視を命令する
  ② 命令違反は1000ポンド(約20万円)の罰金刑、罰金滞納は禁固刑とする
  ③ 親は子供が再び犯罪を犯したりしないように、また学校へ毎日登校するように
     なるまで、最長12ヶ月間、カウンセリングやガイダンスへの参加を義務付ける
  ④ 加害者は被害者に対し、手紙での謝罪と物品の賠償を命じる

この法律は、親にとって大変厳しいもので、今の日本の世論では「国による責任の擦り付け」として論議すらできないかもしれません。
 しかしながら、1988年から十数年に及ぶ改革を継続した結果、2001年、ブレア政権はついに「イギリス病克服宣言」を行います。この「イギリス病克服宣言」に関して、ブレア政権は「社会の結束」と題した報告書をまとめており、「特に教育政策において、イギリス国民とは何かの概念の確立が必要である。その概念とは、その国の歴史を通じ、全ての文化が国家の発展に貢献する事を理解し、その国に対しはっきりと忠誠を誓うことである」として、国民としてのアイデンティティと国家への忠誠心を養うことを学校教育の目的とすべきであると提案しました。2002年には中学校教育において「国家への帰属意識を高める」目的として「公民」という、日本の「公民」とは全く異なった内容の科目を新設しました。
 「キリスト教」教育においても、1944年の教育法下では「社会的階級」というタイトルで、キリスト教における神に近い順番として

  ① 白人支配層
  ② アフリカ人と中国人奴隷
  ③ 絶滅するその他の民族(おそらく日本を含む)

と階級に分けることで、「人種差別を正当化する宗教」であると非難していました。これが改革後、中学校の国定教科書では「世界に多大な影響を与えてきたキリスト教」が説く人間のあるべき姿を示しています。

  ① 私たちはどこから来たのか → 神によって作られた特異な存在である
  ② 私たちはいかに生きるか  → 貧困・奴隷・虐待・不正義を排除する活動に
                       尽力すべきである
  ③ 私たちはどこへ向かうのか → 聖書が描く新しい世界を希求する

これによって、それまでのイギリスは少年犯罪の多発が社会問題化していましたが、1988年の改革法で宗教教育を正しく行うことが決まると、年間約20万件起こっていた少年犯罪は徐々に数を減らし始め、1997年に子育て命令法が制定された後は10万件と半減しました。逆に、中学校の卒業試験で標準レベル以上の成績を修めた生徒の割合が、調査を始めた1955年には全体の10%しかいなかったのに対し、現在は50%へと上昇し全体的な教育レベルも向上しました。
 イギリスは教育改革を国家戦略として進めることで、自信を持った国民が構成する国家へと変わりつつあり、競争が激しくなる一方の国際社会の中で再び浮上しようとしています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年3月18日 (木)

- 歴史教科書と日本人 -

 私の名前は下村博文(戸籍上の読みは「ひろふみ」)ですが、この「博文」という名は、おそらく私の親が近代日本の大政治家で、初代内閣総理大臣でもある伊藤博文から採ったものだろうと思います。
 自分の名前に関連している事なのでよく覚えているのですが、私が中学生の頃の歴史教科書で書かれていた伊藤博文の記述と、現在の歴史教科書で書かれている伊藤博文の記述は大きく異なっています。
 それはどこか例えると、現在は伊藤博文を暗殺した安重根が韓国では民族の英雄として記念切手が発行されていると大きく取上げられ、韓国統監であった伊藤は殺されてもしかたがないという感覚を覚える記述になっています。韓国の歴史教科書なら(優れた民族としての証明や愛国心を育む一環として)妥当な記述なのかもしれませんが、我が国の歴史教科書として、日本の未来を担う子供達に教育していく事には適していると思えません。
 現在、日本の中学・高校の歴史教科書を体系的に学べば、おじいさんや曾おじいさんの世代がいかに非道な事を近隣諸国に対して行ったのかという事を徹底して思い知らされます。したがって、小泉総理の靖国神社参拝に関しては、中国や韓国から文句を言われるのは当然だろうと考え、参拝の真意を理解する事はできません。
 歴史教育は、その国のアイデンティティの確立に深く関っています。私は必要以上に国家主義的な思想を強調しようとは全く思っていません。土井たか子議員の「憲法9条そのものが日本の誇れる文化・伝統である」というのも1つの見識ではあります。しかし、日本がこういう憲法を謳っているからといって、現在の世界情勢が日本のその善意に答え、我が国に対して危害を加える事はありえないという一方的な解釈で生命・生活・財産を守れるかというと不安にならざるを得ません。例えば、板橋区において「板橋区は善良なる区民の集まりであり、近隣周辺の人々に対しても友好と協調の互恵精神で成り立っているので区内には一切警察を置かない」と宣言して、板橋区民は事件・自己から逃れ、幸せに暮らして行けるのでしょうか。
 それにしても何故、現象面として日本の歴史教科書は自虐(反日)的な傾向を深めて行くのでしょうか。
 これはマスコミが報道しない部分において、左翼運動が歴史教科書に集約してきた事にあります。また、こういった歴史観を植え付ける事によって、国家の存在を希薄化させ、将来的にイデオロギー闘争を行うべきだとしてきた事にもよります。
 日本の教科書は国(文科省)による検定を受けなければなりません。欧米には基本的に検定の制度はなく、中国や韓国では1冊の国定教科書のみを用います。我が国が検定を行う理由は、学習指導要領という一定の(右や左の思想に寄り過ぎてはいけない)枠の中で、学習レベルを含めた基準を満たしているかどうかを確認する為です。
 実際、検定を通過した教科書の中から一つを教育委員会が採択をします。その教育委員会の採択の基準は学校の教職員が決定します。そして、教職員の決定に関する基準は、個々の意志で決めるのではなく、組織(日本教職員組合)として好ましい、好ましくないといった事で決めます。これにより、教科書をつくる出版社も商売として、日教組に受け入れられやすい内容の教科書へとエスカレートして行きます。
 結果的に、色濃く影響を受けた教科書が採択される仕組みになっており、現在も日本の教育界では、東日本の日教組・西日本の部落解放同盟が隠然たる実権を持っており、私なりに言えば、自虐的な歴史教科書になっています。
 「日本の歴史とは何なのか」「教育とは何なのか」という事について、私は戦前を過大評価する訳ではなく、教育勅語を復活させようとも思っていません。ただ、中国から見た日本や、韓国から見た日本ではなく、我々自身(政治家や、国民一人一人)が議論をしながら自己認識しなければなりません。
 高度経済成長の時代にはこのような事を議論する必要ありませんでした。治安や防衛も、ただアメリカの核の下に入っていれば良かったのです。
 バブルが崩壊し経済を発展させる事だけでは幸せになれないと気付いた時、一体この国はどこに行こうとしているのかと考えた時が、本来の日本人のあり方や歴史観を見直す時ではないかと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年3月15日 (月)

- 教育改革への布石 -

 私は今年、特に教育改革に力を入れたいと思っています。また、この改革に加速度をつける為に2つの行動を起こしたいと考えています。まず1つは『超党派の議員連盟』を作りたいと思います。議連については、昨年から「超党派チャータースクール研究会」として有志議員に声をかけ勉強会を重ねて来ました。先日、衆院選が終わって始めての勉強会を再開しましたが、これからは全ての国会議員に呼びかけて、日本版チャータースクールを実現する為に行動して行きたいと考えています。
 もう1つは『教育タウンミーティング』的な行事を開催し、全国の教育関係者の方々に集まって頂き、政府に対し直接、悩みや要望、現状等を伝えてもらいたいと思います。その一環として、3月26日(金)に教育特区シンポジウム「多様な学校づくりを目指して」【※下記参照】を開催します。この会は新しい教育実践や改革等に取り組んでいる全国各地のNPO団体の方々に集まってもらい、私がコーディネーターとなって教育特区の責任者である河村建夫文部科学大臣と金子一義構造改革特区担当大臣に対し、今後の対応等を検討してもらいます。
 構造改革特区では、株式会社やNPOが学校を作れるようになり、特区学校法人として私立学校を作る場合も、自己所有の校舎がなくても可能となりました。他にも、公設民営化(チャータースクール)を求めている団体が数多くあります。現在の学校教育の中では対応しきれない多様な子供達のニーズと、それに答えようと日夜苦労している教育関係者の方々を是非とも支援し、期待に答えて行きたいと思います。

                    告知

      『【教育特区シンポジウム】 ~多様な学校づくりをめざして~ 』

 価値観や生活スタイルが多様化する現代社会、教育もまた多様な学びのあり方が求められています。従来の教育制度では補いきれない多様なニーズが、全国各地で小さな声として、また声なき声として現れています。
 今日まで、そうした子供たちに対し、親はもとより、教師や地域の住民、NPO団体等が受け皿となり、実に様々な実践を試み、支援をしてきました。しかし、その活動に十分な社会的認知や制度的保障が得られず、非常に困難な活動を強いられています。
 このシンポジウムは、文部科学大臣、特区担当大臣が出席するという画期的な会であり、両大臣から教育特区の展望についてご意見を伺います。つきましては、平日の夕方ではありますが、これからの子供達の学びを考える1つの機会として、一人でも多くのご参加をお待ちしています。

                     記

 【日 時】 3月26日(金)16:30~18:30(受付16:00より)
 【会 場】 憲政記念館 講堂 〒100-0014 東京都千代田区永田町1-1-1
       (地下鉄「永田町駅」2番出口徒歩5分、「国会議事堂前駅」2番出口徒歩7分)
 【参加費】 500円(当日会場にてお支払い下さい)
 【パネリスト】金子一義 内閣府規制改革・構造改革特区担当大臣
        河村建夫 文部科学大臣
        下村博文 自民党副幹事長(コーディネーター)
 【内 容】 ◇主催団体より開会の言葉と開催主旨の説明
       ◇金子・河村両大臣ならびに下村挨拶
       ◇全国各地のNPO団体等から大臣へ意見発表及び質疑応答
       ◇総括と質疑応答
 【主 催】 「新しい教育制度を考える市民の会」
 【参加申込】 3月26日正午までに下記いづれかにご連絡下さい
        NPO法人教育改革ネット事務局
        (TEL/FAX) 03-3796-1376
        (E-Mail) info@ernet.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年3月 3日 (水)

- コミュニティ・スクール開校の為に -

 今日、午前8:30から自民党の党本部において「文部科学部会・文教制度調査会合同会議」が開かれ、議事の中でコミュニティ・スクールの制定に関する「地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案」が話し合われました。
 コミュニティ・スクールとは、各自治体が地域独自のニーズに基づき、地域が責任を持って設置・運営できる公立学校のことで、多様な教育機会の提供を目指し、教員採用や予算使途、教育課程等を決定できる権限を持っています。
 平成12年の小渕内閣当時、教育改革国民会議(座長:江崎 玲於奈氏)が日本の教育界を活性化させる事を目的に「教育を変える17の提案」の1つとして、新しいタイプの学校(コミュニティ・スクール等)の設置促進を提言しました。その後、昨年3月の規制改革推進3ヵ年計画において導入に向けた制度整備が閣議決定され、中央教育審議会の報告や総合規制改革会議(議長:宮内 義彦氏)の答申を経て、平成17年4月の開校に向けた法制化が検討されていました。
 残念ながら、今日の合同会議で提示された法律改正案は、教育委員会の全面的な見直し、学校運営協議会の位置付け、校長の人事・予算に関する権限等があまりにも不明確で、文科省の裁量行政色が強く残っていました。私としては「今なぜ日本は教育を見直さなければならないのか」という発想が換骨奪胎され、教育改革が後退しかねない・意味を成さないと思い強く反対しました。私の意見に呼応して、同様の趣旨の不安や不信表明が他の議員からも相次ぎ、結果として今日の会議で示された改正案は了承されませんでした。後日、改めて検討する事になりましたが、場合によっては閣議決定も遅くなるかと思います。
 私は志ある政治家として、政権与党の国会議員ではあるものの、教育という日本人と国の根幹に関わる重要な問題に対しては、例え施策が当初の予定より遅れても、安易な妥協はしないという信念の下で行動して行きたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2003年7月 2日 (水)

- 豊かな自然の中、のびのび -

 群馬県の榛名山のふもとにある倉渕村で小学校3年生まで過ごし、父の交通事故死をきっかけに母の実家がある隣の榛名町に引っ越しました。高校時代は高崎市でした。

倉渕村は当時も今も過疎の村です。学校のそばに川が流れ、浅間山の噴煙も見えました。児童を郊外に連れ出し、豊な自然の中での学習を体験させてくれる先生が多く、財産になっています。

1年生の担任もそんな先生の一人で、桜が咲く春には、よく写生に出かけたことを覚えています。ヒマワリの種まきから開花までの観察日記もずっとつけていました。

初めての衆院選のとき、後援会幹部がこの先生と同級生だったのが縁で三十数年ぶりに再会しました。子供を度々、野山に連れ出し、詩や作文を書かせるのが好きな先生もいました。3年生の担任で、授業が終わると、画板に原稿用紙を挟んで出かけました。おかげで文章を書くのが好きになりました。当時は先生に対する縛りが少なかったから、できたのではないでしょうか。

転校した榛名町の小学校では、「ヒロフミちゃんも将来、文部大臣みたいな人になるかもしれないね」と担任に言われました。本気で政治家を志したのは高校入学後ですが、子供に期待を寄せる先生の言葉が心の中にセットされ、後の行動のきっかけになった気がします。
「お前は授業に出なくていいから職員室に来い」と言って2~3時間も学園紛争の背景を聞かせてくれた中学校の担任や、バンカラの校風が残る男子校で男女共学や制服の自由化を主張した記事を温かく見守ってくれた新聞部の顧問・・・。小学校から高校までいい先生にめぐり合えたと思います。

教育で先生の影響力は大きいものです。今後は先生がやりたい教育をできるようにする代わりに、子供や親が学校だけでなく先生も選べるシステムにすべきだと思います。構造改革特区の推進もそのためです。学習指導要領そのものは標準として欠かせませんが、教科書検定の見直しも必要でしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)