国立慰霊碑建立を目指す議員の会
3月5日(木)第2回戦災犠牲者の国立慰霊碑建立を目指す議員の会(下村博文会長)が開催された。下村会長は「平成17年に国立慰霊碑建立の請願が、衆議院本会議で採択されたにもかかわらず、今日まで実現に向けた動きがない。第二次大戦で約30万人が空襲で犠牲となったが、特に東京大空襲では3月10日に約10万人の方が亡くなっている。是非オリンピックの招致と連動して、東京都にも協力を仰ぎながら、国としても国立慰霊碑建立に向けてバックアップしていくべきである。」と述べた。
≪国立慰霊碑の建立を急げ≫
東京都江東区で家具店を営む滝保清さん(現在80歳)は、64年前の3月10日、空襲による業火の中を逃げ惑っていた。当時16歳の中学生で、早くに父を亡くした保清少年は、数日前に運悪く足にけがをして歩けない祖父を背中に背負い、安全な方角を目指した。だが、火の勢いは激しくなる一方で、やがて祖父の背中のドテラが燃えだし、煙と熱風の渦に巻き込まれた。
目の前で燃えている祖父を残し、「後ろ髪を引かれる思いで、生きたいという本能と窒息の苦しさから逃れたい一心で」(私家版冊子『赤い吹雪』より)逃げ出さざるを得なかった。
長い年月がたち、つらい地獄の体験をやっと他人に語る心境になった滝さんは、平成3年、東京大空襲の犠牲者を追悼する慰霊碑の建立を求める署名運動を地元の仲間とともに始めた。
本業をそっちのけで奔走し、3月10日の犠牲者の数を超える11万5000人の署名を集めきった。
願いは国会に通じ、平成17年11月1日、衆議院本会議で国立慰霊碑建立の請願が採択された。昨年12月、自民党の国会議員からなる「戦災犠牲者の国立慰霊碑建立を目指す議員の会」(下村博文会長)が設立された。
しかし、所管の総務省は、兵庫県姫路市に昭和31年に民間の寄付で建立した「全国戦災都市空襲死没者慰霊塔」があり、国が新たに慰霊碑をつくる予定はないという。滝さんは、個人や民間や自治体ではなく国が慰霊碑を建ててほしいと切望する。
空襲犠牲者は、東京都のために死んだのではなく、国のために命をささげた点で戦死者と同じではないか、と言う。
滝さんたちが署名運動を始めてからすでに18年の歳月がたつ。残された時間は少ない。政治と行政は、一刻も早く決断すべきである。
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